兎鳥庵日記

実験室出身のうさぎさんたちと暮らしています

2020年9月27日以前の記事については、リンク集「兎鳥庵日記(2020年9月27日以前)」よりご覧ください。

2022年10月

すっかり遅くなってしまいましたが、ホワイティ君のお届け報告です。

実はお話をいただいたのは6月のことでした。
折り悪く、そのときちょうどお譲りできそうな子がいなかったのと、その後は自分の仕事が忙しくてなかなか手がつかなかったこともあり。
すっかりお待たせしてしまいました。

愛知県の里親さま宅には、ウサギさん専用部屋がありまして。
それは、うさぎ心をくすぐる作りになっていましたよ
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早速お部屋の探検にでかけ、窓の外が気になるホワイティ君。

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窓の反対側は、うさぎ専用通路。
行ったり来たりして、はしゃいでいたホワイティ君です。

新しいお家には大先輩が2人いらっしゃいまして。
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まずは、フレンチロップの うるみちゃんにご挨拶
実は、はじめましての顔合わせで、めっちゃ怒られてしまったのでした
迫力負けして、腰が引けてるホワイティ君でした。

お話をいただいた時、フレンチロップの女の子がいらっしゃるとのことでしたので、ペアになるかな
なんて期待しておりましたが。
うるみちゃん、激怒、激怒で、こりゃダメだ
今までお見合いなしでお譲りした子で、カップル成立しなかった子はなかったのですが。

ありゃ~、しろちゃんも連れてくれば良かったかな~なんても思いましたが、包容力のある里親さまで、ぜんぜん気にされていないご様子。

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引き続き、ホーランドロップのすずお君にもご挨拶
すずお君は、大きな新入りを気にするそぶりもなく。
むしろ、雄雄ですずお君と仲良くできそう

すずお君は御年9歳とのことでしたが、お部屋中、超高速で走り回り。
元気いっぱい、現役バリバリでございました

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お家中、うさぎご自由とのことで、あちこち走り回って、すっかりくたびれました。

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そして、今度は当てつけがましく、うるみちゃん宅の前で大いばり
初めは超強気だったうるみちゃんですが、動じないホワイティ君にすっかりいじけてしまわれたご様子。

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新しいお名前は、しろお 
うん、この のさばりようは、しろお君の方がしっくりくるわねと

その後、里親さまからいただいた近況報告では、うさぎ界のルールも覚えて、うまくやってくれているご様子
やんちゃすぎて手を焼かせているのでは・・・
と心配したりもしましたが、それくらいでちょうど良かったようです

ということで、しろお君、幸せにね

10月18日、父が天に召されました。
85歳でした。

9月15日に入院の一報があってから、あれよあれよという間のことでした。
その1週間くらい前に父の食欲がないと母から連絡はあったのですが、いつものグチ&一過性のことだろうとあまり深刻には受け止めていませんでした。
軽度の認知症と診断されて定期的に通院もしていましたし、何かの時には病院で対処してくれるだろうと考えていたこともありました。

かかりつけ医の指示で15日の早朝、救急車を呼んだそうですが、これが本当に救急車案件かと救急隊員にはいろいろ聞かれたとのことです。
それくらい、軽症に見えたということでしょう。

入院先の病院での診断は、肺がん末期。
本人には何らかの自覚症状はずっとあったのでしょうが、家族にとっては青天の霹靂。
若い頃からヘビースモーカーで、定年退職後に一度禁煙に成功したものの、またぞろ吸い始めたと聞いていましたが、この歳になればと、もう逃げ切ったような気になっていたのでした。


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葬儀会場の教会。
正面の十字架がステンドグラスになっていて日差しできれいに光るところでしたが、昼間に撮っておけば良かったとちょっと後悔。

前夜式も葬儀も会場が埋まりそうなくらい、たくさんの方が参列してくださいました。
前夜式には献花のお花が足りなくなるくらい。
家族と親族、教会関係者のみでこぢんまり・・・かと思っていたのにビックリでした。

何事も計画立てて行っていた準備のいい父のこと(残念ながら、娘はぜんぜん似ませんでしたが)、遺影も連絡先も、葬儀における聖書・賛美歌もすべて準備していたとのことでした。

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ロビーには、趣味の写真も飾っていただきました。

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火葬場から見た、立山連峰。
富山とは思えぬ空の青さです。
最後まで晴れ男パワー全開の父でした。



さかのぼりまして、亡くなる前の15日(土)、最後の機会になるかもしれないからと、急遽、日帰りで富山に行って参りました。
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初めての北陸新幹線。
「かがやき」という名前も切符を買うときに初めて知ったという

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ホーム反対側。
新幹線って、こんなにいろいろあったっけ・・・と今更ながらビックリ
子供はこういうの、全部名前言えるのよね、、、
と思いつつ、ワタクシには全然でした

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すっかり様変わりした、富山駅。

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何やらイベントをやっていましたよ。

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プラレール。
分かるのは、ドクターイエローとかがやき、あと雷鳥(?)くらいかな

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クイズも参加できるのはお子ちゃまか、鉄オタくらいでは

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ストリートピアノなんかもあってビックリ。
ピアノにはお魚とかクラゲが描かれているのですが、どう見ても富山のお魚ではないところが謎。
やっぱ、富山じゃブリとかホタルイカとか、クラゲはエチゼンクラゲか

おじさまの奏でる音色はとっても優しくて、素晴らしかったですよ

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名物、路面電車。
今はライトレールと言うそうですが。
このタイプが高校生時代に乗っていたもの。
当時、床は木で、車掌さんが乗っていましたっけ。

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今どきの新型。
2両連結になっていて、乗る人が多いのにもビックリでした。

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降車駅から。
なぜかここから普通の鉄道になるっぽいです。



83歳の婆さんには無理と言う医師を押し切って、在宅介護にしたそうですが、話に聞くにも各所の連携には目を見張るばかり。
訪問診療の医師・看護師、訪問看護、ケースワーカー、ケアマネ、デイサービス、薬剤師等々の皆々さまが入れ替わり立ち替わりやって来ては、打ち合わせ&契約で目が回りそうだったそうな。

コロナ禍のため、入院後は面会は2回できただけで、会うことすらままならない状態で。
このままでは最後に子供たちの顔も見られぬまま旅立つことになると危惧した母が一歩も譲らなかったと。

医師の対応には思うところもあるけれど。
病理検査後の確定診断が出るのに3週間もかかってるとか、家族にもろくすっぽ説明しないとか。
入院後すぐさま駆けつけた姉がプッシュして、ようやく説明の場は設けてもらったそうですが、本人には説明する気、皆無だったとか。
認知症で理解できないと思われたからかとも思いましたが、まだ初期でそこまでじゃなかったようですし。
末期って言いつつそれじゃ、聞けた頃には死んじゃうじゃんって、遠くからプンスカしてるしかないのも何だかでした。


ただ、結果的にはこれ以上ないくらい良かったのです。
退院ものびのびになっていましたが、10月3日に急遽駆けつけてくださった叔父叔母(父の弟・妹)も含め面会したときには、父は上機嫌だったそうです。
父の記憶では、いつもの病院に行こうと歩いていたところ、何がどうなったのか、気がついたらこの病院のベッドにいたと。
ネガティブな記憶は一切なくて、いいことしか覚えていないって。
「食事も美味しいし(ホントはほとんど食べれていなかった)、先生にも看護師さんにも本当によくしていただいて、ありがたい」
って、ニッコニコで語っていたそうです。

認知症ってネガティブなイメージしかありませんでしたが、いい面もあるんだなって。
入院して一気に進んだ感もあるとのことでしたが、10月13日の退院時も何も問題なかったそうです。

13日には普通に会話できていたそうですが、15日に私と弟がかけつけたときには、もう全然しゃべれない状態で。
うなずくことは出来るので、だいたいの意思疎通は出来て、最後に家族みんなで集まって、わいわい一緒に出来たことは、ありがたいことでした。
飲食はもうほとんど受け付けないとのことでしたが、弟の入れたコーヒーを飲み、夕食にとったお寿司のネギトロのトロとイクラをスプーンで3口くらいずつ食べました。
奇跡だなぁと思いましたが、これが最後の食事になりました。

またすぐ来るから元気でいてねと別れ際に言ったときには、うん、うん、と大きく頷いた父でしたが、その後は薬剤師さんに貼ってもらったモルヒネパッチのおかげでほとんど眠った状態に。
月曜日に弟が帰るときには、また意識が戻って分かってくれたようだと言っていました。

翌朝、「さっきまで何ともなかったのに、朝食の支度をしようとしてふと見たら息をしていない」と母から連絡があり・・・。
すぐにでも帰って飛んでいきたいところでしたが、結局、お休みの段取りをして仕事が終わったのが21時。
翌朝、むうさんをきち先生に預けて(入院)、そのままクルマで富山に向かったのでした。


入院時には「あと数カ月」、退院時には「あと1ヵ月」、16日の訪問診療の医師の説明では「あと数日」と、みるみる短くなっていき。
退院して1週間もしないうちに旅立ってしまいました。
15日から17日にかけて子供たち3人は相次いで一旦帰宅しましたが、その後も、そして亡くなった後も、幸せそうにずっとニコニコ笑っていたそうです。

亡くなったときの様子を聞いて、なんだかチェリーちゃん(文鳥)の時みたいだな、ってクスッとなったくらい、不思議と悲しい気持ちも起こらずでした。
父にかけた最後の言葉は、「じゃあね、また。バイバイ。」でした。

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15日、夜の富山駅。


実は、もう1つ、奇跡がありまして。
要介護で強制給餌しか受け付けなくなっていたむうさんが、10月14日になって、突然、ペレットを完食していて。
ずっと、「むっちゃんが自分で食べてくれないと、心配でパパさんに会いに行けない」と言い聞かせていたのでした。
もちろん、それだけじゃ不足なので強制給餌も続けているのですが、お腹がすけば自分で食べてくれるようになったのはありがたいことでした。
病院に預けるときも心配なく託すことが出来ました。

すべてに感謝です。
 

なかなか写真を撮ってる余裕がないので、前のでゴメンナサイ
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お茶目なくろみつちゃんです

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下から見たお顔はこんな感じ

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なでなでは大好き、愛嬌たっぷり
でも、まだ抱っこは怖いくろみっちゃんです。

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お掃除の間、自由に遊んできてくださいな。

向こうにいるのは、ケージのレイアウト変更が嬉しくって、ヘンな格好でゴロンしている、きなこちゃんです

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普通にしているだけなんですけど、愉快なくろみつちゃんです

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後ろ姿

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わらびちゃんと

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そして、お世話係の仕事ぶりをチェックに来ます

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これは何かな

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で、突然はじける、くろみっちゃん

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また、おじゃまうさ

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で、またまた、はじけてるヒト

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愉快な、愉快な、くろみっちゃん

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かと思えば、こっそり後ろに来ておっちゃんこしてたりします 

外見とは裏腹に、実はとっても繊細なくろみっちゃん
たまーに、うっ滞になりますが、食生活を改善したら、大丈夫になるかな
 

新たにビッグなお客さまが来訪しています。
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ジャパニーズホワイトの男の子2名様です。
とりあえず、左の子はしろちゃん、右の子はホワイティと呼んでいます。

実はジャパニーズホワイトのお問い合わせを多数いただいているのですが、自分が仕事が忙しすぎてなかなかウサギの顔を見に行けずにいたという。
そろそろ、ラボの方にも置いておけなくなりそうということで、ようやく重い腰を上げました。
ホントはもう何匹か連れて来なくてはいけないのですが、お部屋と体力に相談中です

この子たち、連れて帰る途中で怖い思いをさせちゃって、ゴメンナサイなのでした。
思わぬ場所でタヌキさん飛びだして、思いっきり急ブレーキかけちゃった
というわけで、ビビリまくりのお顔のお2人さん。


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こちらは、しろちゃん。

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しろちゃんの方がビビリ度が高くて、しばらーく警戒されていましたが、2日たって、すっかり普通になりましたよ。

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ビックリさせちゃって、ゴメンね~


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こちらは、ホワイティ。

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ホワイティはお耳自慢

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ホワイティは適応力が高くて、すぐに馴染んでいらっしゃいました。

一昨日の夜遅くにケージインしていただいたのですが、しばらくしてから、そぉーーーっとお部屋をのぞいてみたら、2人そろって半分はみ出しつつ、トイレにちんまり収まっていて、笑ってしまいました

2人とも、少々お育ちになっておりまして、もう普通のトイレでは小さそうです

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